第2話 子育てが苦しかった頃、私の足元(チャクラ)で起きていたこと


子育てをする中で知った、エネルギーの法則やチャクラの仕組み。

母親16年目になった今の私が、子育てを始めた頃の「自分のチャクラの状態」を振り返ってみると、当時はほぼ全身のエネルギーが閉じ、完全な「省エネモード(エネルギー不足)」で必死に空回りしていたことがよく分かります。

なぜあの頃の私は、あんなにも心も身体もカチコチに固まって苦しかったのか。

今回は、当時の私のチャクラ状態を解剖しながら、その背景にあった理由を書いてみたいと思います。

1. 「ちゃんとしなきゃ」とお腹を固めていた、あの頃の私

カチコチだった当時の私を表した「1枚の図」

まずはこちらの画像をご覧ください。

子育てを始めた当時の私。チャクラの状態を自己評価してみました。


見事にすべてのチャクラが閉じ気味か、アンバランスに暴走していますよね。

当時は「子育てをちゃんとしなきゃ」「母親として正しく導かなきゃ」と、お腹やみぞおちに常にギューッと力を入れて身構えていました。

「世間の正解」という見えないものに追われていた毎日

自分軸がぐらぐらだった当時の私にとって、一番大事だったのは「世間軸」だったのだと思います。

「娘を地球に馴染ませて、世間から大きく外れないように導くこと」を目下の使命にして、見えない「世間の正解」に必死についていこうとしていました。

でも、そうやって外側の正解ばかり気にしていると、自分の心のお腹はどんどん冷たくなり、エネルギーは空回りしていきました

2. なぜ私のエネルギーは「空回り」していたのか?(チャクラの解剖)

当時の私の身体と心で何が起きていたのか、チャクラの視点からひとつずつ紐解いてみます。

第1チャクラ(足元):じわじわと削られていった「安心感」

第1チャクラは、足元や命の土台となる「安心感・安定」がテーマです。

元々の私は中庸に近い状態だったのですが、子育てがスタートした時期、当時はこの足元の土台(安心感)がじわじわと削られ、エネルギーが閉じ気味になっていきました。

実は、娘を産む前後の「身体と命に向き合った経験」や「環境の大きな変化」によって、私の足元の安心感は大きく揺らいでいたのです。 (※この持病や出産の詳しいお話については、第3話以降でじっくり書いてみますね)

第2チャクラ(お腹):自分の「好き」や「感情」にフタをしていた

お腹のあたりにある第2チャクラは、「自分の好き」「心地よさ」「感情」を感じる場所で、生後すぐから10歳くらいまでの間に育つと言われています。

当時の私にとって、ここが一番弱い部分でした。

私は厳格な父と、干渉気味の母のもとで育ちました。

幼い頃、「この服がいい!」と選んでも「そんなのはやめてこっちにしなさい」と誘導される。
私の一番古い記憶は3歳の頃、履きたくない茶色いウールのももひきのような五分丈パンツを拒んで、母に押し切られたというものです。
ファッションにこだわりのあった母は、私の身に付けるものにも自分のセンスを発揮していました。

そのうち、抵抗することを諦めるようになり、「母からOKが出る基準」で服を選ぶようになっていきました。

自分の「好き」がわからない。
自分がわからない。
どこに行っても自分の主張ができない。

幼少期に親の何気ない「こうしなさい」に引っ張られ、自分の感情にフタをしたことで、私の第2チャクラはエネルギーが空っぽになっていました。

第3チャクラ(みぞおち):「世間軸」に縛られてグラグラだった自分軸

第3チャクラは「自分軸」「自立」「意志」がテーマです。

すぐ下の第2チャクラ(自分の好き・感情)が出来上がって初めて育つ場所なので、第2チャクラがアンバランスだと、自ずと第3チャクラもグラグラになります。

我が家はゴリゴリのビジネスマンだった昭和の父が作ったルールで溢れていました。

「子どもは親の言うことを聞くもの」という空気の中、父に意見を言ったことはほぼありません。

「苦手は克服するもの」と苦手なものをひたすら練習したり、何か言われたらすぐ行動しないと怒られる環境。

「待ってもらえない」という緊張感の中で育った私は、「自分がどうしたいか」という自分軸を育てる余白がありませんでした。

自分がよくわからない状態で「こうあるべき」という世間のルールが入ってくると、自分軸どころではありません。

結果として、子育てが始まった頃の私は「正しく育てなきゃ」とお腹やみぞおちをカチコチに固め、世間の目に怯える他人軸になってしまっていました。

第4・第5チャクラ(胸・喉):本音を飲み込み、胸をキュッと縮めていた

足元やお腹(第1〜第3チャクラ)が固まると、上のチャクラにも影響が出てきます

当時の私の第4チャクラ(胸・愛)は、表面上は子どもや周囲に尽くそうと「開きすぎ」に見えて、その奥では傷つかないように南京錠でガッチリ施錠されているような「隠れ閉じすぎ」状態でした。

自分の感情を麻痺させ、本当の意味で人や世界を信頼できていなかったと、今は思います。
この辺りの原因については、今後の記事で書けたらと思います。

そして第5チャクラ(喉・自己表現)。
当時は本音もわからなくなっていたと思いますが、感情を飲み込み、「正しいお母さん」になろうとするあまり、喉の奥をぎゅーっと締め付けて自己表現ができなくなっていきました。

3. 子どもを正しく導く前に、私のお腹を温めることから始まった

こうして振り返ると、当時の私は頭も身体も忙しく、完全な省エネ(エネルギー不足)モードでした

子どもが言うことを聞いてくれなかったり、胸が訳も分からずザワザワしたりするとき。
それは子どもが悪いのではなく、「お母さん、自分の足元やお腹が空っぽだよ!」という、私自身の身体からのサインだったんですね。

子どもに「自分らしく生きていいんだよ」と許すためには、まず親である私自身が、自分の「好き」を思い出し、自分のお腹(エネルギー)を温めて自分軸で立つ必要がありました

4. 私の足元(第1チャクラ)がぐらついていた、もう一つの理由

先日、高校生になった娘がポロッとこんな愚痴をこぼしました。
「私も、浴衣を着て花火に行くような、夏っぽい青春がしたかったなぁ…」

友達がInstagramにアップしている綺麗な画像をみて、自分と比べたようでした。

けれど娘は、お盆以外毎日、朝早くから真っ黒に日焼けしながら陸上部で自分や記録と向き合う夏を過ごしていました。

SNSの「切り取られたキラキラした世界(他人軸)」に一瞬心が揺れても、自分の足で汗を流して向き合う日常こそが、何より尊い「彼女だけの青春(自分軸)」です。

これからの時代、外側の正解や情報に振り回されずに「自分とは誰なのか」を知る感性を育てることは、ハッピーに生きるための必須条件だと感じます。

そしてそのためには、親である私たちが、まず自分の足元を温め、自分の世界を面白がって生きていること。

……ですが、子育てスタート当時の私が、なぜあそこまで第1チャクラ(足元の安心感)を閉じさせてしまっていたのか。 そこには、娘を産む前の「私の身体と命に深く向き合った出来事」がありました。

次回の第3話では、育児の原点でもある「娘を出産するまでの持病と命のお話」について書いてみたいと思います